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社長コラム

N家と黄色い家

2016年4月 1日掲載

『何色にしたの?』
 ここは、下水道切替工事を行っていたN家のリビングルーム。N夫妻には、私の母親が生前とても世話になり、ひとり身の老母に対して、ご夫婦揃って親しくしてくれた。また、N夫人は、晩年の母の病状を主治医から詳しく聞きとり、私にわかりやすく説明してくれた。そのおかげで、気持ちの整理がつき、母の最期に対する私の覚悟が決まったと言ってよい。N夫人は現役時代、その病院の看護師長をしていた人である。
「また、黄色にしました。」
 この数日前、私は自宅の外壁を10年ぶりに塗装したところだった。
『ああ、よかった!』
 淹れたてのコーヒーとドーナツを私にすすめ、N夫人は安堵したような声を上げながら、椅子に腰かけた。
「どうしてですか?」
 やや、不思議そうに訊ねる私に向かって、彼女は言った。
『それがねぇ、私の家を訪ねてくる人に道を教えるときにね、ヨシザワさんの家がちょうどいい道標(みちしるべ)になるのよ。』
 N家の住所は、吉澤家と同じ前橋市富士見町にある。
『あそこの黄色い家を通り過ぎたら、しばらくまっすぐ行って、次の信号を左に・・・って説明するのに、ピッタリの場所なのよ!』
 そこに、黄色い家が見えているような臨場感たっぷりの目線で、彼女は右手人差し指をある一点から、遠くの方へスイングして見せた。
「へぇ、わが家がそんなお役に立っていたんですか。」
 私もつい、調子を合わせた。
『そうよ!だから、また同じ色にしてもらってよかったわよぉ。次にウチに来るときにね、目標の黄色い家がなかったら、その人が道に迷っちゃうじゃなぁい!』
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 真顔で話すユーモアたっぷりの気遣いは、看護師長時代に、並々ならぬ努力と、様々な苦労をした末に備わったものなのだろう、私はたちまち彼女のファンになってしまった。コーヒーカップを片手に、夫のN氏は笑顔でこのやりとりを見守っていた。素敵な夫婦である。元気な頃の母が、夫妻との交流を心から楽しみにしていたことが頷ける。
「今日はNさんと、お母ちゃんの思い出話をしてきたよ。」
 その夜、私は仏壇の母に報告した。そして次の機会は、その黄色い家を通り過ぎる道順で、N家に向かってみようと思った。

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