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社長コラム

『父親譲りの豆まき』

2018年3月 1日掲載

 原稿の締切りから4日が過ぎていた、立春の朝。出社すると、箒(ほうき)を片手に駐車場内を歩いているマネージャーのキグレさんの姿が目に入った。掃いていたのは、昨夜、私が外に放った福豆で、先程までそれをついばんでいた数羽のスズメが、電線から彼女の隙を窺っている。毎年見る、この日の朝の光景だ。ここでようやく、昔の記憶がよみがえった。
 ...今から、50年前。前橋市総社町に、私が生まれ育った家があった。私の父親・宗三郎はお菓子職人で、私の母親・シゲ子と共に製菓業を営んでいた。その日の仕事が終わった節分の夜。吉澤家の一大イベントが始まろうとしていた。シゲ子は、家中の窓を開け放ち、福豆の入った一升マスを宗三郎に手渡す。彼の後には、4歳の私と母親が続き、加えて彼女は1歳になる私の弟を負ぶっていた。宗三郎は、豆と共に、例の掛け声を放つ。それは、半径100メートルに届く大音声で、『ほら、今年も宗さんの豆まきが始まったよ!』と近所中で噂されていたことは、おそらく間違いなかった。しかし、それを生まれて初めて聞く弟が、母の背中で泣き出したのは無理もない。
 その後10年余り、私は父・宗三郎の下で豆まきを覚え、彼が亡くなってからは、その後を引き継いだ。
 ...あれは、18年前の節分の夜。会社で初めてそれを披露したのは、めでたく新築となった最初の事務所でのことだった。当時のスタッフは私を含めて4人程だったが、その内の1人が、是非見てみたいと、豆を持った私のそばに立って、その時を待っていた。開けられた事務所の窓に向かって、私は勢いよく豆を放った。その瞬間、『うひゃー!』と悲鳴を上げたのは、その彼だった。私が発する掛け声に仰天し、そして、どうにも恥ずかしかったのか、鬼の代わりに、その場から逃げて行ってしまった。
 ...現在の事務所に引っ越してから、昨夜は11回目の豆まきとなった。今では、スタッフは大声に慣れて、面白がって私の後をついてくるが、一つ心配なことがある。ご近所をビックリさせてはいないだろうか...。きれいに掃かれた駐車場を眺めながら、毎年、そのことを思う私なのである。

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