昨年のことになるが、12月第3日曜日の朝。
普段は夫婦二人で使っている2階の寝室に、私は一人で布団をかぶっていた。
・・・二日前の金曜日。
「あれ、ちょっと喉がおかしいな。」と感じているうち、翌日の土曜日に発熱した。
35歳で創業してからの25年間。
母親の葬儀のあとに罹(かか)ったインフルエンザとコロナワクチンの副反応以外は特に体調を崩したこともなかっただけに、不覚としか言いようがない出来事だった
私の発熱を知ると、わが家の実力者は自分の寝具を1階のリビングに運び、私を2階の寝室に隔離した。
インフルエンザ大流行のニュースが耳に入っていたのか、彼女の行動は手際よく鮮やかだった。
・・・38℃の発熱に、ヒーヒーとわれながら情けない声を発していると、枕元のスマホがブルルと震えた。
階下の実力者からである。
煮込みうどんが出来上がった知らせであった。
知り合いの農家から譲ってもらった深谷ネギと油揚げ、そして卵は半熟と注文を付けていた。
『食べたら、早く2階に帰ってね!』
のそのそとダイニングに現れた私に、彼女はピシャリと決めつけた。
発する言葉は厳しかったが、うどんの味は優しく旨かった。
私の母親が亡くなってからは、その回数はめっきり減ったが、いざ台所に立てば、そのセンスは私より上であり、私が彼女を実力者と呼ぶ所以(ゆえん)の一つでもある。
予想通りの味に満足した私は、やはり、のそのそと階段を上がって行く。
これが月曜の朝まで続いたのである。
土曜の朝から数えて7回目の食事を作った後、実力者は出勤していった。
その日、この原稿をヤキモキしながら待っている編集長のオオヤマさんに彼女が言ったそうである。
『あー、もう、台所仕事をしすぎて、疲れちゃったよ!』
・・・その頃、家にいる私の体温は平熱に戻っていた。