「オトウさん、冷蔵庫のミョウガが切れちゃったわよ!」
これは、夏も終わりの8月のある朝。
キッチンに立つ私が、ソファーにドカッと座ってテレビを観ているわが家の実力者に向けて放った軽いジョークだった。
(わが家の実力者)とは、私の妻のことである。
すると、『分かった!』と言うなり彼女は意外にも素早く立ち上がり、私からステンレス製のボウルを受け取ると、玄関の外へ出て行った。
暫くして、『はい、オカアさん、採れたよ。』と、ボウルいっぱいのミョウガを私に渡した。
(敵もさる者)とは、このことである。
そして彼女はソファーに身を沈め、背もたれを倒しながら、再びテレビ画面に目をやった。
彼女の所作を目にしながら、(オトウサン)という形容は、それ程的外れではないと私は密かに思った。
私は採れたてのミョウガを細かく刻み、煮え立つ寸前の味噌汁の鍋に放り込んだ。
ちなみに他の具はエノキ茸にワカメと豆腐、わが家定番の組み合わせである。
・・・私は子供の頃から台所に立つことが好きだったが、それを家事全般に進展させたキッカケがあったことを、ここで紹介する。
6年前に放送された多部未華子主演のドラマ『私の家政婦ナギサさん』が、それである。
ナギサさんというのは、大森南朋演じる男性の家政婦で、劇中『私は小さいころからオカアさんになりたかったんです』という台詞が印象的で、ナギサさんの際立った家事の手腕を観るのが楽しみだったことを今でも思い出すのである。
・・・私は、その後も意識的に実力者の(オトウさん適正度)を試した。
「オトウさん、仏壇の水を下げてきてくれない?」「魚が焼けました、オトウさん、はい、このお皿受け取って。」
違和感なく、これらのやり取りが成立する内、ある日の晩、オトウさんが言った。
『オカアさん、お腹空いたよ、ご飯まだ?』
・・・これは、(敵の方が一枚上手)だったという話である。