9月の第2土曜日。
私はインフルエンザに罹(かか)った。
4日に及ぶ隔離生活では、私の食事はすべてわが家の実力者が作ってくれたが、床上げを翌日に控えた最後の晩は『塩ちゃんこ鍋』が登場した。
塩味のスープに鶏肉、豆腐、油揚げ、白菜やネギなどの野菜がたっぷり入っていた。
秋の長雨で気温が低くなっていたこともあり、その温かさと味は私の体に沁みこみ、おかげで翌日から社会復帰を果たせた。
実力者に感謝するばかりである。
さて。
『鍋』となると、私も話したいことがある。
私が20歳になるかならない頃であったから、40年以上も昔のことになると思うが、私はその味に遭遇した。
当時勤めていた職場の先輩に連れられて寄った店で、行ったのはその一度だけだったので、場所も店の名前も覚えていないが、そこで食べたのが、味噌味の鍋だった。
その味が、なんとも印象的で「おいしいです、この味はどうやって出すのですか?」
まだ若かった私は、店主に向かって味の秘訣を訊ねたのである。
その失礼ともいえる私の質問に、彼は意外にもあっさりと答えた。
いちど店の奥に引っ込んでから戻ってくるなり、『これだよ。』と、にっこりと笑って言った。
その手には、『サッポロ一番みそラーメン』と書かれた、あのオレンジ色の袋が持たれていた。
「えーっ!」と驚く私に、彼は続けて言った。
『忙しい時はこれが手っ取り早くて味だってバカにならないんだよ。』
『あんちゃん、旨いかい?』「はい、美味しいです!」
『そうかい、そりゃ良かった。〆はラーメンにしてやるよ。』
それから数年が経った頃・・・。
偶然観たテレビ番組で、あのスープは、メーカーの研究所で試行錯誤の末、作り上げられた味で、研究所の職員は、選ばれた味覚の達人でなければ務まらないことを知った。
それ以来、私が作る味噌鍋は、あのスープの味がお手本になっている。